一時期は雨後の筍のように次々と開店しつつ、一般層からは奇異な目で見られることも多かったメイド喫茶。
しかし最近は物珍しさも薄まり、女子がかわいい制服姿で働けるバイト先として、すっかり定着した感があります。
また競合店が多い地域では、店舗ごとにプラスアルファの魅力を打ち出すことも定番となりました。
その店も“天使のメイド”というコンセプトで、羽の生えたメイド服を制服にしていました。
そこに面白味を感じられたのが、第六の美徳“節制”の天使にして天界きっての地上通、ラファエル様です。
これまでも幾度となく、お忍びで地上界にやってきては人間社会をつぶさに観察し、よくない兆候があれば天界に報告して対策を立ててきた、いわば天界の目ともいえる役割を果たされてきました。
もっともラファエル様ご自身は、地上界で遊ぶための方便として、調査を名目にされている部分もあるご様子ですが。
ともあれ、今日のラファエル様は本物の天使が天使メイドに扮するという“イタズラ”に、すっかりご執心のようです。
コギャル系の格好を好まれていても、顔立ちは眉目秀麗、スタイルも文句のつけようがないほど。
おまけに、抑えていても滲み出す天使の気品によって、ラファエル様は店が掲げるコンセプト“天使のメイド”にピッタリの存在でもありました。
当然、店長による面接も難なくパスし、アルバイトに採用されたのでございます。
ラファエル「思った通り、かわいい制服じゃん! 背中の羽は……自前でいっか」
この店の特色となっている、メイドが背中に着ける羽ですが、なんとラファエル様、衣装の羽はロッカーに戻し、自らの羽を背中に展開あそばされました。
作り物の羽とは色艶からして違い、むろんパタパタと羽ばたかせることもできる、まるで“本物みたいな天使の羽”を背負って更衣室から出てきたラファエル様には、同僚のメイドさんたちもびっくり仰天。
店長も、バイトのためにこれほどのクオリティの羽を“自作”してきたラファエル様の熱意に、大いに感激した模様です。
さらに、仕事内容についても一度説明を受けただけで完璧に覚える理解力に加え、メイド喫茶特有のしきたりについて細かく質問するプロ意識の高さは舌を巻くほど。
実はラファエル様、喫茶店でのアルバイトはこれが初めてではないどころか、17世紀末頃にはフランスのカフェで給仕をされていた経験がおありなのです。
メイドに関しても、19世紀ヴィクトリア朝のイギリスという本場でパーラーメイド(客間女中)として働いた経験をお持ちだったりします。
要はメイド喫茶というものが初めてなだけで、接客に関しては歴戦の古強者もいいところ。
実際に接客を始めてみれば、「おかえりなさいませ、救世主様」「萌え萌えキュア~♥」などの専門用語を使いこなすばかりか、地上界のほぼすべての言語をマスターされているだけに、外国人観光客相手でもパーフェクトに対応。働き始めて2時間も経つ頃には、実質的にフロアリーダーと見做されていたほどでした。
同僚のメイドたちから頼りにされ、女性客にも「ラファエルさま~♥」と憧れの目で見られ、入店待ちの列もどんどん長くなるなど、今年最高の繁盛ぶりを見せる店内に、店長もすっかりホクホク顔です。
そんな中、ひとり暗い炎を宿した目でラファエル様を見つめる者がいました。
顔はかわいらしいものの、性格的に難があったため、万年2番人気に甘んじていたメイドです。
ぽっと出のラファエル様がたちまちトップに駆け上がり、逆に自分は3番手に追いやられてしまったため、胸中に嫉妬の嵐を吹き荒れさせていたのでした。
この店のルールである、休憩に入る前の街中でのチラシ配りにラファエル様が出かける際には、件のメイドが自分の贔屓の客に目配せをするなど、なにやら不穏な空気も漂ってきます。
やがてラファエル様に続いて店を出た客は、スマホでせわしなく書き込みをしつつ、まるで尾行するようにラファエル様の後を追っていきました。
一方、街角に立ったメイド姿のラファエル様ですが、目立つなどというものではありません。
元々内面から光り輝くオーラをお持ちのところに、愛らしい天使のメイドの格好ですから、差し出すチラシを通行人が受け取るどころか我も我もと押し寄せてきます。
しかもその人混みが、時間を追うごとに尋常ではなくなってきました。
ラファエル「きゃあっ!?」
突然悲鳴をお上げになられたラファエル様。というのも、ふと気配を感じて振り返ってみれば、ラファエル様の短いスカートの下にスマホを差し伸べ、カメラで撮影している不埒者がいるではありませんか!
ラファエル「ちょっとキミ!」
怒りの衝動に駆られつつ、天使が“憤怒”の罪に堕ちるわけにはいかないため“節制”して注意するラファエル様。ところがまたもや背後に気配を感じて振り向くと、今度はそちらにもスカートの下から狙うカメラが並んでいたのでした。
それどころか、気がつけば周囲をすべてカメラで取り囲まれていたのです。
かといってこの場から飛んで脱出するわけにもいかず、ラファエル様はひたすら短いスカートに手をやり、ガードしようともがくしかありません。
その恥じらう様子が、余計に不埒者たちの加虐心を煽ります。
なんと、ヘッドスライディング気味にラファエル様のお御足の間に潜り込み、真下から天上の花園を一眼レフで狙うアタッカーまで現れました。
ラファエル「このおっ!!」
激情に駆られ、思わず踏みつけてしまったラファエル様。ですがそれはそれで「ご褒美」となってしまったらしく、我も我もと地面に寝そべって純白の不可侵宙域を狙う不埒者が続出します。
ラファエル「なんでパンチラ狙うことしかしないの!? チカンって普通、胸とかお尻とか触ったりするんじゃないの!?」
ラファエル様の憤りはごもっともではありますが、現代日本に現れたニュータイプのチカンである変態紳士たちは、女性に直接手を出すなどという無粋な真似はいたしません。
三次元の至高の一瞬を二次元に切り取り、永遠の記録に遺すことが彼らの悦びなのです。
やがて通行人の通報を受けて駆けつけた警察官が目にしたのは、天使の羽を着けたメイドさんが頬を染めて身をよじり、その周りを地面に寝そべった男たちが取り囲み、一心にメイドさんのスカートの中を見上げているという、ある意味「降臨した天使に跪く民衆」的な光景でした。
ともあれ警察官によって群がっていた変態紳士どもは追い散らされ、ラファエル様も窮地を脱することができました。
ラファエル様も警察官から、ここにいたらまた騒ぎになりかねないと言われ、チラシ配りを切り上げて店に戻ることにします。
人間界の様子を数千年もの間観察してきたラファエル様ですから、人間たちの“色欲”も数多く見てきております。それだけに“七つの美徳”の中では、人間が犯す罪に対しても“節制”の範疇に収まっている限りであれば、比較的寛容なほうではありました。
そのラファエル様をもってしても理解しがたい人間の欲の底知れなさには、呆れると同時に感心もしてしまうのでした。
さて、店に戻ってきたラファエル様ですが、スタッフ用の通用口から入ろうとしたところで、ピタリと足を止めます。
ラファエル「……いる」
そう言ってラファエル様が睨みつけたのは、通用口前の側溝です。
そろそろと近づいて側溝を覗き込んでみると……目が合いました。中に変態紳士が潜んでいたのです。
普通の女性であれば、悲鳴を上げるところでしょう。しかしそこは数々の修羅場を潜り抜けてきた3大天使の一角。なんと微笑んでおいでです。
ここまでやられたら、むしろ天晴れ。この一瞬にかけて側溝に潜み続けた変態紳士の執念に免じ、おもむろに側溝を跨いでお立ちあそばされるラファエル様でした。
猛烈な勢いのシャッター音が側溝から響き、それを背にラファエル様が通用口から店に戻られます。
一方、大戦果を挙げて側溝から意気揚々と出てきた変態紳士ですが、待ち受けた警察官によって御用となりました。
そして変態紳士から没収したスマホを、警察官の目を通じて霊視したラファエル様は、彼がこの店の万年2番人気のメイドと連絡を取り合っていたことを知り、その内容からこの件を手引きしていたのが誰かを察します。
休憩後も大車輪で働き、閉店後には店長からアルバイトではなく、ぜひ正社員になってずっと働いてほしいと懇願されるラファエル様でしたが、それを固辞してバイトも辞める旨を告げられます。
店長とほとんどの同僚メイドが心底残念がる中、ひとり内心ほくそ笑んでいたのはもちろん、万年2番人気のメイドです。
そのメイドに、ラファエル様が「一緒に帰りましょう」と声をかけます。
不審に思うメイドですが、構わず同行するラファエル様。そして2人きりになったタイミングを見計らい、メイドが見ている前で天使の姿に戻られます。
ラファエル「邪な心の芽は、早めに摘んであげるのも天使の役目だからさ。ちょっぴり怖い思いをしておいでよ。これに懲りたら、意地悪とかもう止めにするんだよ」
そう言って天に舞い上がるラファエル様を、あんぐりと口を開けて見送ったメイドですが、ふと気がつけば、おかしな場所に立っていることに気がつきます。
地面も妙にグニャグニャとしていて……と、よく見ればそれは人の顔でした。地面がすべて人の顔で埋め尽くされてるのです。
しかも、その目が一斉に見開かれ、メイドのスカートの中を覗いてきます。
半狂乱になり、その場から駆け出すものの、どこまで行っても顔の道が続いています。
そこに人影が現れたため、メイドは助けを求めました。
人影「あらぁん? あなた、“色欲”が好きなんでしょう? 遠慮せずに、もっと見せてあげればいいじゃなぁい♥」
人を正道に戻すためならば、時には魔王とも協力する。“七つの美徳”の中で最も柔軟な思考をお持ちでいらっしゃるのが、ラファエル様という天使なのでございます。